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「家みたいですね」
とよく言われます。
その言葉を私はポジティブに受け止めています。
家、くつろげる場所、好きなことができる場所。
ダルダルのTシャツを裏返しで着てても恥ずかしくない場所、寝転んでユーチューブを見ることができる場所、顔面パックのパジャマ姿でうろつける場所。
自分の定位置。
そしてなにより、心落ち着く場所が家なのだと思います。
私がbigfootを「家みたい」と思うとき。
体をぐねらせて、タオルを噛んで変な姿勢でテレビを見ている子ども達。
畳で寝そべっている集団。
カーペットを体に巻き付けて回転してる人。
亀の一家のように重なる3人のスタッフ。
胡坐をかいて食べながら談笑する人たち。
家にいるときって、低い床で過ごしているものです。
今日、子ども達はおいでんの縁日に行くといって、慌ただしく出かけていきました。
私一人で留守番です。
「ああ、(やっと)静かになった」
寝そべって、ぼんやりと(ドッキリGPでも見るか)とリモコンを握っていた時、ピンポンが鳴りました。
見学の方です。
慌てて入口に出迎えに行きました。
お子さんが室内に足を踏み入れた第一声。
「家みたい」
内装の印象かもしれません。
でも、それだけでなさそうです。。
私が寝そべっていた付近に残る弛緩した空気、部屋にある掲示物、子ども達の絵から漂う雰囲気、おそらく直感なんだろうと思います。
それが緊張を強いることのない、寛容な空間として感知してもらえたならば幸いです。
学童は「第三の居場所」といわれます。
でも、bigfootは「第二の家」を目指してもいいと思っています。
いや、本当のご家庭には遠く及ぶはずもなく、おこがましいかもしれません。
ただ、学童というものがどちらかといえば学校寄りな印象に対して、bigfootは少しでも家寄りにしたい、そんな学童があってもいいのでは、あくまで集団として一定のルールの上で、という意味合いですが。
「家みたい」に込められた意味ってなんでしょう。
大人はなんでも言語に変換して答えを求めようとしますが、お子さんは瞬時にそう感じたんでしょうね。
直感にこそ大きな鍵が隠されている気がします。
